イランと日本の小さな外交…の巻

こんにちは!クリップスのムリンズ由美子です

今日は全くもって、介護・福祉に関係のない、私の「ぼやき」とでも言いますか…そんなコラムがあってもいいのかなぁと思って新しいカテゴリーを足してみました

 

イラン情勢が世界を騒がせていることは今さらいうことではありません

平和を切望するはずの世の中であるはずなのに、新しい戦争が頻出していることに胸が痛みます

国と国の戦いと、構図はそうかもしれませんが、国の権力者たちの野望から勃発する、民間人には限りなく迷惑な行為であることは言うまでもありません

「イラン人は」とか「日本人は」とか、1括りに言いますが、(何度も私もしつこいと思うのですが、また言います)人の資質は国籍ではなく、「個人」だと私は信じています

 

私はアメリカワシントンDCの郊外で小中高校の数年を過ごしました

アメリカの首都と言う場所柄、各国の大使館が密集していまっす。通っていた学校も、想像できないほどイロイロな国の生徒が在籍していました。学校自体が、ある意味小さな「地球」のような場所だったのです

成長期をそんな環境で過ごしたことが、後の、私の価値観や考え方に大きな影響を及ぼすことになります

 

さて、私事ですが、私の人生最初の仕事(金銭の対価が発生すると言う意味で)は、実はイラン人の同級生に数学を教えると言うものでした

私は若干13歳の中学生。ある日、同級生で、イラン出身のヤスミン(仮名)のお宅に招待されました。外交官である、毛深くて魔神みたいなヤスミンのお父上から「娘に数学を教えて欲しい」と頼まれたのでした

私は数学が好きで、当初は数学だけ飛び級していたこともあったので、そんなお願いをされたのだと思います。13歳の私が「教える」など、そんなおこがましい限りですが、その日は、ヤスミンの数学の宿題を、一緒にやった記憶があります

「これからも、ヤスミンの数学の成績を上げて欲しい」

帰りがけに、お父上が私に預けた封筒に、20ドルが入っていました。びっくりしてヤスミンの顔を見ました

お父上が毛深いからかはわかりませんが、ヤスミンもまた、立派な眉毛が一本に繋がっていて、とても印象深いお顔立ちでした。その一本の眉毛が嬉しそうに上下していたのを覚えています。その上下する眉毛は「ゆみこ、お願いね!」の舞みたいに見えました

「そんな約束できません」

「ヤスミンが、あなたがいいと言っているのです」

魔神の後ろで、ヤスミンが何度も頷いていたので、私は複雑な気持ちではありましたが、その20ドルを、人生の初給料としていただきました。当然ながら、13歳の私にはとても高額で、悪いことをしているような気持にすらなったのでした

それからしばらく、学校が終わって家に戻ると、外交官ナンバーの黒い車が玄関先に迎えに来ていて、私はイラン公使のお宅に連れ去られるがごとく、車のバックシートに乗せられ、帰りは20ドルの封筒を片手に、また黒塗りの車で自宅に戻ると言う日常になりました

そんな、小さなイランと日本の交流が存在する時空があり、そのときは、「イラン人のヤスミン」「日本人のゆみこ」などいう意識は毛頭なく、ヤスミンとゆみこと言う2人の中学生の友達同士。ヤスミンの魔神のように黒くて毛深いお父上でさえ、何人であるかなど関係なく、友人のお父様と言うだけの存在でした

イラン問題が長引く中、遠い昔のことを思い出し、少し苦くて悲しい想いに浸ります

果たして、ヤスミンの数学の成績がどのくらい上がったかは、覚えていませんが、ある日魔神が私の手を取り、大きく上下に揺らして、大きな口を開けて笑ったのを覚えています。魔神の豪快な笑顔は、少しだけ怖かったのを覚えていますが、あれは喜んでいたのだろうと勝手に解釈しています。

今もあの家族はイランにいるのかしらと考えます。世界の権力者ではない、一人の地球人として、早く戦争が終息し、和やかに過ごした中学の放課後の話を、のんびりと話せる社会に戻って欲しいと、心より望んでいます

ヤスミンの立派な眉毛はきっともう一本じゃないだろうなぁ

そんなどうでもいいことを考える今日この頃です

ムリンズ由美子

PROFILE
クリップスグループ代表:ムリンズ由美子

東京都在住。一男一女、施設に暮らす兄、黒柴犬(オス)、アメリカ人の夫。
幼い頃から身近な家族を含め、多国籍の障がい者、高齢者と接する機会に恵まれました。
その触れ合いは、人間の純粋な本質と、障がいや高齢の方々の世界には、国境がないことをおしえてくれた、私の原点です。